写真91枚で観る、現地で当日でも申し込める”クチトンネル”ツアーを徹底解説!

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クチトンネル ベトナムのホーチミン市から西北方面に約1時間30分(70キロ)の場所に、ベトナム戦争当時に「鉄の三角地帯」と呼ばれ難攻不落町、クチには全長250キロに及ぶ広大な地下道を築き、米軍と戦った遺跡、“クチトンネル“に行ってきました!! この場所では、アメリカの力に抗したベトナム人の英知、精神を知る事が出来ます。 ツアースケジュール
9:30   TNKトラベルへツアーの申込 13:00   TNKトラベル前集合時間 13:30   出発 14:30   漆工芸工場見学 15:30   クチトンネル到着&見学開始 16:45   見学終了&TNKトラベル前へ向けて帰宅 19:00   TNKトラベル前到着&解散 当日、思い付きでクチトンネルに行きたいなと思い、 申込にきました。 道中ご飯が食べれないので、食べておいた方がいいです。 半強制的に漆工芸工場見学と漆工芸品の販売所に連れていかれます。 見学時間は、約1時間15分程、濃厚な見学になります。 帰宅ラッシュの大渋滞の中、帰路につきます。




朝9時頃にホーチミン市内にあるTNKトラベルで本日の13時10分スタートのクチトンネル観光を申し込みにきました。 (思い付きで来ました!)片言の英語でなんとか本日にクチトンネルに行きたい旨を伝え、その場で料金は1名日本円で3000円程のツアーに申込ました。 但し英語が全く喋れない私ですが、英語ツアーしか申し込めなかったです。 【この時私が使った英語 ※文法・単語が合ってるかは不明】 私  :アイム ゴーイング クチトンネル トゥデェイ オケー?  これで無事行けました。(実証済み・・・・)





申込から、ツアー開始まで3時間程あるので、少し待ちブラします。 ※ベトナムは、信号無視・歩道走行を行う車やバイクが多いので気を付けて道路を歩きましょう。 “royaltea皇茶”という名前のカフェで抹茶ラテとオレンジ紅茶を頂き時間を潰します。 (二つ合わせて日本円で500円程) でも、時間が潰せないので、別記事に書きました“ヴィンギエム寺”に行ってきました。

ヴィンギエム寺を観る




13時になったので“TNKトラベル”前で待つと、観光用のワゴン車が来てくれました。 ツアーは、私とは別にニュージーランド人の家族との二組で行くことになったのですが、ルーズなニュージーランド人家族は13時30分ぐらいに来やがりました。 なので、その間にコンビニ飯で腹ごしらえ。 ツアーは、スタートしてからノンストップで、日本人感覚では危なっかしい運転でクチトンネルに向かいます。 ※強引に対向車線に入ったり、バイカー達を無視してイキナリ車線を変えたり・・・・ ベトナムにきてずっと思います。 タクシーを含め車の人はバイクに乗る人の命を無視したかの様な運転ばかりです・・・
そして、到着クチト・・・違います、現地ツアーに申し込んでも強制的にショッピングツアーも織り込まれてしまいます。 ここは、障害者の方々が漆工芸の御土産を作ってる工場で、ちょこっと工場を見学後、写真撮影禁止の御土産屋で時間を過ごさせられます。(約30分) そして私とニュージーランド人家族達が購入しない事が分かると、ようやく出発してくれます。




道中、ベトナム人ガイドさんが英語で、色々説明してくれてるみたいですが、私はチンプンカンプンで聞き流しながら、運転荒いなーとつぶやきつつ進みます。 クチトンネルに着くまでに合計3時間近く車に乗ってます。 道中、不謹慎ですがベトナムのお墓を発見っ! 派手です。 この国のお墓の場所は風水で決まるそうで、故人や家族が勝手に決める訳じゃないそうです。 なので他人の土地に建てる場合もあるそうです。 ホーチミンからクチトンネルに向かう道中の森が非常に若く、見て頂いて分かる通り不自然に整列した森が気になります。 これは、ベトナム戦争時の米軍の撒いた枯葉剤や爆撃で失われた森を人工的に植林したものが、徐々に再生しようと国をあげて努力されてます。 そして、そうこうしていると“クチトンネル”に無事到着しました。
クチトンネルは、ジャングルの中にあるイメージを勝手に持ってましたが、完全に整備された観光地になっており、これだけで女性でも入りやすくなってます。 “クチトンネル”を知らない方の為に、どんな所かを簡単に言いますと、東西冷戦中に起きたベトナム戦争で北ベトナムが構築した地下道となります。 この戦争は、北ベトナム(現ベトナム政権)と南ベトナム(アメリカによる傀儡政権)が戦いましたが、ほぼほぼアメリカの一方的な爆撃や最新兵器を使った虐殺となっていました。 そこで、北ベトナムは、約250Kmに及ぶ長大な地下道を構築し、米軍が攻めてくる昼間は地下に潜み、夜は逆にゲリラ戦を行い戦いました。 ここは、そんな地下道のごく一部をこうかいした場所となります。




フロンにある建物に入ります。 中には、御土産コーナー等もあります。 アメリカが落としたクラスター爆弾の不発弾 ホーチミン市から約2時間30分の道のりを経て、ミトー市内にあるメコン川の舟渡場に到着です。 ベトナムは、アメリカの最新兵器等に対してAK47等のマシンガンで戦いました。
施設の奥にあるトンネルを越えて、クチトンネルがあるジャングルに入っていきます。 トンネルの向こうには、ベトナム戦争時の現地の戦時生活風景が再現されています。




日本でいう所の竪穴式住居の様な建物が実際に使われていた建物です。 クチトンネルを見学前に、ビデオでどの様に戦ったのかや、どの様な生活を行っていたかといったものを勉強します。 但し、英語なのでなんとなくで理解します。
勉強後、ジャングルに入り、実際の施設を見学します。 分かりやすい人工芝で作った、落とし穴。 落ちると、下に敷かれた乾山の様な、針に刺さります。 えっ、こんなので米軍と戦っていたの!?




この写真の中にクチトンネルへの入り口があります。 分かりますか?? 正解は、こんな感じです。 凄く狭い入り口なのが分かります。 ここから兵隊たちは、武器を持って出てきて、撃てるだけ打つと穴の中に隠れていくといった戦いをしてました。 凄く小さな、穴である事が分かります。 これは、体の小さなベトナム兵は、出入りが容易に出来ますが、体の大きな米兵達は、容易に入れないといった意味があり、また穴を小さくする事で掘る面積が大幅に減る事で掘削コストを抑えることで、他の活動に避ける資源(労働等)を捻出する事が出来たのです。
トンネル内には、病院から食堂、寝室までを完備していたため膨大な酸素を必要とします。 この穴は、空気を供給する為の空気穴です。 至る所に、空気穴があります。でも、人間の生活臭がこれらの空気穴から出てくる為、居場所は容易にバレてしまったそうです。




クチトンネルの敷地内には、数は少ないですが当時のベトコン達の生活風景がマネキンで再現されてます。 これから、落とし穴の種類を見学に行きます。
様々な種類の落とし穴が展示されております。 実際、地下トンネルを探しに来た米兵にトラウマを与えた構造が分かりやすく観ることが出来ます。




針には、返しが付いており落ちて刺さると自力では抜けなくなります。  こんなものでジェット機やミサイルを持つ米兵と渡り合ったと聞くと、不屈の信念だけが頼りだったんだと思います。 
そして、アナログな戦いで撃破した米軍の戦車を見学に向かいます。




ベトコン兵に撃破された米軍戦車!(ざまーみろっ)中の操縦者はその時どうなったのかな??フフフっ 敗北した米軍戦車は、遊びできた観光客のおもちゃになってます。
ここは、資源のないベトナム軍が米軍が落とした不発弾等を拾ってきて解体し再利用する工房跡です。 マネキンで再現されている通り、爆弾を分解し火薬を取り出し、鉄部分も余すことなく再利用し、戦場に送り出す超アナログな工場です。 当然、いつ爆発するか分からない不発弾ですので、大勢の犠牲者をだしながらも資源の無いベトナム軍は、こうして武器を作り戦いました。
ここまでして、粘り強く戦い抜き米兵が撤退するまでの10年戦い抜き、彼らは自由を手にしました。 地雷に木の枝等と合わせて、地中に埋める事で自然な感じで埋める事が出来たとの事です。




今から、射撃場に向かいますが、道中にも空気穴が至る所にあります。 迫撃砲に対戦車砲の実物が展示されてます。 勿論べたべた触ることが出来ます。
射撃場に近づくにつれ、凄まじい発砲音が聞こえだし、観光客の子供たちが至る所で恐怖で泣いてます。 この射撃場では、一発2$(約260円)で射撃が出来ます。 ちなみに、ハンドガンからマシンガン、重機関砲まで撃てます。 重機関砲の発砲音が凄まじく子供だけでなく大人でもビックリします。 この射撃場では御土産屋さんなども有りますが、凄まじい発砲音に参りとっとと退散します。 そして、ぞろぞろと次の展示物の見学に向かいます。 来ているのが殆どが白人ばかりです。




廃タイヤで作ったサンダルが展示・販売されてます。 コレ、実際に戦争中にベトコン兵が使っていたものでして、非常に機能的なサンダルです。 これは、前からでも後ろからでも履くことが出来ます。 なので、トンネルから出るときは前向きに履き、戻ってくるときは逆にして履くことで足跡を一方方向にのみ残すといった使い方になります。 そうする追跡されなくなるという訳です。
そして、いよいよトンネル内に入ります。 このトンネルは観光用に、穴を広げているそうですがそれでも凄く狭いです。 内部は、動画でご覧ください。 中途半端にデカいわたしがわちゃわちゃしなが中に入る動画です。




ふつうの竪穴式住居??と思いますが・・・ ここも、カモフラージュされた地下道への入り口です。
穴から出てくると、ガイドさんから手を洗えと言われます。 実はこれ、ただの水道です。  なんだろう?と待っていると、軽食ですと。(英語で) 戦争時にベトコンが主食にしていた“キャッサバ”を蒸したものに砂糖とピーナッツの粉を付けて食べろと出してくれました。(ツアーに含まれてます。)キャッサバは、筋が多いサツマイモの様な、感じでした。 良くこんなものを主食に戦ったよ・・・ほんと・・




キャッサバは、こんな感じの木で植わっております。 ベトナム戦争時は、昼はトンネル内で休息し、夜間にゲリラ戦を行ったり、キャッサバ等の栽培を行い10年間戦いました。
そして、帰路に向かうため駐車場に行きます。 途中、ベトコン兵のマネキンが見送ってくれます。 以上、クチトンネル観光が終了です。 出口付近には、蛇やトカゲ、サソリを漬け込んだ度数の強いお酒の試飲と購買を進められますが、無視して帰路につきます。(そんな気色悪いもん飲めません・・・)




ホーチミン市内のTNKトラベルへ戻りますが、帰宅ラッシュに巻き込まれました。 すると、もともと無法地帯の様な道が凄いことになってます。 元々4車線だった道が9車線程になり、みんな我先にと強引に前に前に進んでいきます。 こんな状態でよく事故がないなぁーと感心してますと・・・ 事故が有りました。 そりゃそうですよね。 4車線の道に横に9台程が並んで6.70キロで走ると当然こうなると思います。  というわけで、今回は思い付きで現地にてツアーに申込みクチトンネルに行ってまいりました。 行ってみた感想は、よくぞこんな環境でミサイルやジェット機、大型爆撃機を思う存分使えるアメリカ相手に戦えたなぁと、非常に感心致しました。 無限なる精神世界の勝利を体現した偉大なベトナム人に心からの賛辞を送り、お別れしたいと思います。 





名称	クチトンネル(クチの地下道) 所在地	Ho Chi Minh City 700000, Vietnam 料金	900,000VND(約4,500円) 種別	観光ツアー 備考	お昼ご飯は必ず食べてから行った方が良いです。 評価	82点

クチトンネル ベトナムのホーチミン市から西北方面に約1時間30分(70キロ)の場所に、ベトナム戦争当時に「鉄の三角地帯」と呼ばれ難攻不落町、クチには全長250キロに及ぶ広大な地下道を築き、米軍と戦った遺跡、“クチトンネル“に行ってきました!! この場所では、アメリカの力に抗したベトナム人の英知、精神を知る事が出来ます。 ツアースケジュール 9:30   TNKトラベルへツアーの申込 13:00   TNKトラベル前集合時間 13:30   出発 14:30   漆工芸工場見学 15:30   クチトンネル到着&見学開始 16:45   見学終了&TNKトラベル前へ向けて帰宅 19:00   TNKトラベル前到着&解散 当日、思い付きでクチトンネルに行きたいなと思い、申込にきました。 道中ご飯が食べれないので、食べておいた方がいいです。 半強制的に漆工芸工場見学と漆工芸品の販売所に連れていかれます。 見学時間は、約1時間15分程、濃厚な見学になります。 帰宅ラッシュの大渋滞の中、帰路につきます。 朝9時頃にホーチミン市内にあるTNKトラベルで本日の13時10分スタートのクチトンネル観光を申し込みにきました。 (思い付きで来ました!)片言の英語でなんとか本日にクチトンネルに行きたい旨を伝え、その場で料金は1名日本円で3000円程のツアーに申込ました。 但し英語が全く喋れない私ですが、英語ツアーしか申し込めなかったです。 【この時私が使った英語 ※文法・単語が合ってるかは不明】 私  :アイム ゴーイング クチトンネル トゥデェイ オケー?  これで無事行けました。(実証済み・・・・) 申込から、ツアー開始まで3時間程あるので、少し待ちブラします。 ※ベトナムは、信号無視・歩道走行を行う車やバイクが多いので気を付けて道路を歩きましょう。 “royaltea皇茶”という名前のカフェで抹茶ラテとオレンジ紅茶を頂き時間を潰します。 (二つ合わせて日本円で500円程) でも、時間が潰せないので、別記事に書きました“ヴィンギエム寺”に行ってきました。 13時になったので“TNKトラベル”前で待つと、観光用のワゴン車が来てくれました。 ツアーは、私とは別にニュージーランド人の家族との二組で行くことになったのですが、ルーズなニュージーランド人家族は13時30分ぐらいに来やがりました。 なので、その間にコンビニ飯で腹ごしらえ。 ツアーは、スタートしてからノンストップで、日本人感覚では危なっかしい運転でクチトンネルに向かいます。 ※強引に対向車線に入ったり、バイカー達を無視してイキナリ車線を変えたり・・・・ ベトナムにきてずっと思います。 タクシーを含め車の人はバイクに乗る人の命を無視したかの様な運転ばかりです・・・ そして、到着クチト・・・違います、現地ツアーに申し込んでも強制的にショッピングツアーも織り込まれてしまいます。 ここは、障害者の方々が漆工芸の御土産を作ってる工場で、ちょこっと工場を見学後、写真撮影禁止の御土産屋で時間を過ごさせられます。(約30分) そして私とニュージーランド人家族達が購入しない事が分かると、ようやく出発してくれます。 道中、ベトナム人ガイドさんが英語で、色々説明してくれてるみたいですが、私はチンプンカンプンで聞き流しながら、運転荒いなーとつぶやきつつ進みます。 クチトンネルに着くまでに合計3時間近く車に乗ってます。 道中、不謹慎ですがベトナムのお墓を発見っ! 派手です。 この国のお墓の場所は風水で決まるそうで、故人や家族が勝手に決める訳じゃないそうです。 なので他人の土地に建てる場合もあるそうです。 ホーチミンからクチトンネルに向かう道中の森が非常に若く、見て頂いて分かる通り不自然に整列した森が気になります。 これは、ベトナム戦争時の米軍の撒いた枯葉剤や爆撃で失われた森を人工的に植林したものが、徐々に再生しようと国をあげて努力されてます。 そして、そうこうしていると“クチトンネル”に無事到着しました。 クチトンネルは、ジャングルの中にあるイメージを勝手に持ってましたが、完全に整備された観光地になっており、これだけで女性でも入りやすくなってます。 “クチトンネル”を知らない方の為に、どんな所かを簡単に言いますと、東西冷戦中に起きたベトナム戦争で北ベトナムが構築した地下道となります。 この戦争は、北ベトナム(現ベトナム政権)と南ベトナム(アメリカによる傀儡政権)が戦いましたが、ほぼほぼアメリカの一方的な爆撃や最新兵器を使った虐殺となっていました。 そこで、北ベトナムは、約250Kmに及ぶ長大な地下道を構築し、米軍が攻めてくる昼間は地下に潜み、夜は逆にゲリラ戦を行い戦いました。 ここは、そんな地下道のごく一部をこうかいした場所となります。 フロンにある建物に入ります。 中には、御土産コーナー等もあります。 アメリカが落としたクラスター爆弾の不発弾 ホーチミン市から約2時間30分の道のりを経て、ミトー市内にあるメコン川の舟渡場に到着です。 ベトナムは、アメリカの最新兵器等に対してAK47等のマシンガンで戦いました。 施設の奥にあるトンネルを越えて、クチトンネルがあるジャングルに入っていきます。 トンネルの向こうには、ベトナム戦争時の現地の戦時生活風景が再現されています。 日本でいう所の竪穴式住居の様な建物が実際に使われていた建物です。 クチトンネルを見学前に、ビデオでどの様に戦ったのかや、どの様な生活を行っていたかといったものを勉強します。 但し、英語なのでなんとなくで理解します。 勉強後、ジャングルに入り、実際の施設を見学します。 分かりやすい人工芝で作った、落とし穴。 落ちると、下に敷かれた乾山の様な、針に刺さります。 えっ、こんなので米軍と戦っていたの!? この写真の中にクチトンネルへの入り口があります。 分かりますか?? 正解は、こんな感じです。 凄く狭い入り口なのが分かります。 ここから兵隊たちは、武器を持って出てきて、撃てるだけ打つと穴の中に隠れていくといった戦いをしてました。 凄く小さな、穴である事が分かります。 これは、体の小さなベトナム兵は、出入りが容易に出来ますが、体の大きな米兵達は、容易に入れないといった意味があり、また穴を小さくする事で掘る面積が大幅に減る事で掘削コストを抑えることで、他の活動に避ける資源(労働等)を捻出する事が出来たのです。 トンネル内には、病院から食堂、寝室までを完備していたため膨大な酸素を必要とします。 この穴は、空気を供給する為の空気穴です。 至る所に、空気穴があります。でも、人間の生活臭がこれらの空気穴から出てくる為、居場所は容易にバレてしまったそうです。 クチトンネルの敷地内には、数は少ないですが当時のベトコン達の生活風景がマネキンで再現されてます。 これから、落とし穴の種類を見学に行きます。 様々な種類の落とし穴が展示されております。 実際、地下トンネルを探しに来た米兵にトラウマを与えた構造が分かりやすく観ることが出来ます。 針には、返しが付いており落ちて刺さると自力では抜けなくなります。  こんなものでジェット機やミサイルを持つ米兵と渡り合ったと聞くと、不屈の信念だけが頼りだったんだと思います。  そして、アナログな戦いで撃破した米軍の戦車を見学に向かいます。 ベトコン兵に撃破された米軍戦車!(ざまーみろっ)中の操縦者はその時どうなったのかな??フフフっ 敗北した米軍戦車は、遊びできた観光客のおもちゃになってます。 ここは、資源のないベトナム軍が米軍が落とした不発弾等を拾ってきて解体し再利用する工房跡です。 マネキンで再現されている通り、爆弾を分解し火薬を取り出し、鉄部分も余すことなく再利用し、戦場に送り出す超アナログな工場です。 当然、いつ爆発するか分からない不発弾ですので、大勢の犠牲者をだしながらも資源の無いベトナム軍は、こうして武器を作り戦いました。 ここまでして、粘り強く戦い抜き米兵が撤退するまでの10年戦い抜き、彼らは自由を手にしました。 地雷に木の枝等と合わせて、地中に埋める事で自然な感じで埋める事が出来たとの事です。 今から、射撃場に向かいますが、道中にも空気穴が至る所にあります。 迫撃砲に対戦車砲の実物が展示されてます。 勿論べたべた触ることが出来ます。 射撃場に近づくにつれ、凄まじい発砲音が聞こえだし、観光客の子供たちが至る所で恐怖で泣いてます。 この射撃場では、一発2$(約260円)で射撃が出来ます。 ちなみに、ハンドガンからマシンガン、重機関砲まで撃てます。 重機関砲の発砲音が凄まじく子供だけでなく大人でもビックリします。 この射撃場では御土産屋さんなども有りますが、凄まじい発砲音に参りとっとと退散します。 そして、ぞろぞろと次の展示物の見学に向かいます。 来ているのが殆どが白人ばかりです。 廃タイヤで作ったサンダルが展示・販売されてます。 コレ、実際に戦争中にベトコン兵が使っていたものでして、非常に機能的なサンダルです。 これは、前からでも後ろからでも履くことが出来ます。 なので、トンネルから出るときは前向きに履き、戻ってくるときは逆にして履くことで足跡を一方方向にのみ残すといった使い方になります。 そうする追跡されなくなるという訳です。 そして、いよいよトンネル内に入ります。 このトンネルは観光用に、穴を広げているそうですがそれでも凄く狭いです。 内部は、動画でご覧ください。 中途半端にデカいわたしがわちゃわちゃしなが中に入る動画です。 ふつうの竪穴式住居??と思いますが・・・ ここも、カモフラージュされた地下道への入り口です。 穴から出てくると、ガイドさんから手を洗えと言われます。 実はこれ、ただの水道です。  なんだろう?と待っていると、軽食ですと。(英語で) 戦争時にベトコンが主食にしていた“キャッサバ”を蒸したものに砂糖とピーナッツの粉を付けて食べろと出してくれました。(ツアーに含まれてます。)キャッサバは、筋が多いサツマイモの様な、感じでした。 良くこんなものを主食に戦ったよ・・・ほんと・・ キャッサバは、こんな感じの木で植わっております。 ベトナム戦争時は、昼はトンネル内で休息し、夜間にゲリラ戦を行ったり、キャッサバ等の栽培を行い10年間戦いました。 そして、帰路に向かうため駐車場に行きます。 途中、ベトコン兵のマネキンが見送ってくれます。 以上、クチトンネル観光が終了です。 出口付近には、蛇やトカゲ、サソリを漬け込んだ度数の強いお酒の試飲と購買を進められますが、無視して帰路につきます。(そんな気色悪いもん飲めません・・・) ホーチミン市内のTNKトラベルへ戻りますが、帰宅ラッシュに巻き込まれました。 すると、もともと無法地帯の様な道が凄いことになってます。 元々4車線だった道が9車線程になり、みんな我先にと強引に前に前に進んでいきます。 こんな状態でよく事故がないなぁーと感心してますと・・・ 事故が有りました。 そりゃそうですよね。 4車線の道に横に9台程が並んで6.70キロで走ると当然こうなると思います。  というわけで、今回は思い付きで現地にてツアーに申込みクチトンネルに行ってまいりました。 行ってみた感想は、よくぞこんな環境でミサイルやジェット機、大型爆撃機を思う存分使えるアメリカ相手に戦えたなぁと、非常に感心致しました。 無限なる精神世界の勝利を体現した偉大なベトナム人に心からの賛辞を送り、お別れしたいと思います。 名称 クチトンネル(クチの地下道) 所在地 Ho Chi Minh City 700000, Vietnam 料金 900,000VND(約4,500円) 種別 観光ツアー 備考 お昼ご飯は必ず食べてから行った方が良いです。 評価 82点

ご覧いただきありがとうございます! 私は、日本をメインにときどき海外と旅をしながら生きるている旅人の”いくちゃ”と申します。 ○○○に行った!でも、○○○だった!等のちょっとした情報も入れつつ旅情報を配信しております。 皆様の旅の一助になれればうれしいです。 何卒、応援お願いいたします!!!