女性差別が蔓延る時代に女性を救済した『大龍山正泉寺』に潜入調査!

大龍山正泉寺

千葉県我孫子市にある『大龍山正泉寺』にやってきました! この「正泉寺」は、今では手賀沼の畔の住宅地にある寂しげな寺院となっておりますが、女性差別されていた時代に女性を救済する為に成立した「血盆経信仰(けつぼんきょうしんこう)」の重要な拠点で、「日本最初女人成仏血盆経出現第一道場」として全国各地の女性から崇敬されてきた寺院です。




▼正泉寺とは!?

正泉寺とは!?

正泉寺」は、鎌倉時代の弘長三年(1,263年)に、当時の執権である北条時頼の娘・「桐姫(法性尼)」によって真言宗「法性寺」と号して創建れました。 その後約250年を経た永正三年(1,506年)に君津真如寺俊峰周鷹曹洞宗に改め『大龍山正泉寺』として開山したとされます。 以来、「日本最初の女人成仏血盆経」の聖地として「光格天皇」の祈願所に指定されたり、「仁孝天皇」より梵鐘の御寄進を受けるなど崇敬を集めました。 また、紀州徳川家桂香院による「血盆経」の書写奉納がされるなど、皇族武家からも信仰が盛んであったことが知られております。 今では寂れた寺院となっており昔の面影は少なくなっておりますが、寺勢を誇った頃の正泉寺の境内は手賀沼畔にまで及んでおりました。 しかし、現在に至るまでに開発が進み住宅街に埋もれてしまっております。




▼法性比丘尼墳墓

法性比丘尼墳墓

境内に入って直ぐには、開基であり北条時頼の娘である法性尼(桐姫)の墳墓が安置されております。 

法性比丘尼墳墓

法性比丘尼墳墓

当時絶大な権力を握っていた執権の娘の墓所としては非常に寂しくも思えますが、初代将軍の源頼朝の墓所も小さい事を考えると当時は、これでも十分豪華だったのかもしれないですね。




▼境内を進む

境内を進む

長い境内の参道をあるいて本堂に向かいます。 途中には、苔むした石像や石板等が配置されており、古い歳月を経た寺院であることが分かります。




▼鍾楼門

鍾楼門

鍾楼門

この「正泉寺」で最も目立つ建造物である瓦葺、入母屋造の「鍾楼門」は、江戸時代の天保十三年(1,842年)頃に建立されたものです。 もともとは寄進を受けた梵鐘が吊るされておりましたが、太平洋戦争時の「金属類回収令」によって供出を行った為、現在の物は昭和四十八年に新鋳された梵鐘に代わっております。 2階に上がれるようになっておりますが、普段は簡易な鎖が掛けられており入る事は出来ません。




楼閣楼閣

鐘楼閣の左右には、「大師堂」と「堂宇」があり、なんとも不思議な楼閣になっております。

▼本堂

本堂

「鐘楼閣」と比べ比較的新しい本堂と、その前に置かれた「壹萬體菩薩」と銘記された菩薩像

本堂

本堂内部

▼血盆経信仰とは!?

血盆経信仰とは!?

先ず「血盆経信仰」を知る上の土台として、現代では考えられない女性差別を知らなければなりません。 仏教が誕生した古代インドでの女性は、血で穢れた不浄の者とされ、亡くなっても成仏し難い存在であると考えられておりました。 時代を経て仏教が入った日本でも在来の神道血を穢れとする思想と合わさり、一部の聖域・霊場守る為不浄である女性が立ち入らない様に「女人禁制」とし、立ち入りを禁じる所は現在もあります。 そうした時代背景の中、「血盆経」は、10世紀以降の中国で仏教道教を元に民間で発生した思想です。 元々は、血を流す罪を犯した者は「血の池地獄」に堕ちるという教えでした。 それが日本に伝わると経血お産で「地神」や「水神」を穢す女性のみが地獄に落とされるとされました。 そうした「血の穢れ」の為に地獄へ堕ちる定めの女性救済する為に、大日本続蔵経に「仏説大蔵正経血盆経」と題して収められている420字で構成された小経典です。 「血盆経信仰」では、「血盆経」を写経し、お祈りをする事によって救済されると説かれ、江戸時代には女性への布教の一環として用いられる様になりました。 今では考えられない差別的な思想ですが、江戸時代末期には全国各地の女性から信仰を集め、西日本からも多くの参拝者が訪れました。 しかし当然ではありますが現代では、女性を差別するものとして「血盆経」は禁止されております。




▼正泉寺に伝わる伝説

正泉寺」は、「血盆経信仰」の重要な寺院となって久しい頃、近くにある「手賀沼」と呼ばれる大きな沼から「血盆経」の一部が出現したという伝説があります。 その為、この寺院付近の地名が「都部(いちぶ)」となったと云われております。 「正泉寺」には、貴重な「女人成仏血盆経出現図」、「尼御寮法性尼生滅之図」、「血盆地獄絵図」の3点の絵画が所蔵されおり、当時の信仰や文物、伝説を知る事が出来ます。

▼さいごに

以上で、「大龍山正泉寺」の御案内となります。 「正泉寺」は鎌倉時代創建された寺院ですが、女性が成仏する為の寺院として認知されたのは江戸末期頃と言われております。 それ以降、大戦後に曹洞宗によって「血盆経」の授与が禁止される迄の間、日本各地の極楽浄土を願う女性から多くの寄進を受け賑わったと伝わります。 女性蔑視の悪き時代背景を学べる貴重な寺院に皆様も一度訪れては如何でしょうか。 御精読有難うございました。

※当寺院が、女性差別を推奨していた訳ではありません。 女性差別があった時代に、女性を救済する為にあった寺院です。




▼詳細情報

寺号:正泉寺

山号:大龍山

宗派:曹洞宗

営業:年中無休

備考:新四国相馬霊場八十八ヶ所72番

▼アクセス

住所:千葉県我孫子市湖北台9-12-36

バス:JR常磐線「天王台駅」から湖北駅南口行きバス「湖北台9丁目」下車徒歩2分

車:駐車場有

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